勇気ある者

「よぉ……。そろそろ来る頃だと思っていたぜ…」
 暗黒が空を覆う空の下、セレスとニルの前に漆黒の服の大男が立ちふさがった。
「…な…あんた…カンダタ…?」
「おうよ。…何でここに居るとでも言いたげだな、オイ。」
 口調とは裏腹に覆面の下の雰囲気は笑っていない…。
「どうして…」
 ニルは切なげな表情でカンダタに尋ねた。
「…決まってんだろ。」
 カンダタは後ろの荒れ狂う奔流を指差してそう返した。
「……ンなトコに飛び込んで見ようモンならお前さんら二人がタダで済むはずもねえ…。そんなんじゃ魔王討伐なんてできやしねえだろうが!!」
「…けどよ…!虹のしずくがねえって言うなら力ずくで渡るしかねえだろうが!!」
「バカヤロウ!!お前…魔の海で力使い果たした所で今度はそこの魔物どもと戦う事になるんだぞ!?そんなバカな話あるか!?」
 セレスの言葉にカンダタは激しく怒鳴り返した。
「……随分落ちたモンだなアンタ。少なくとも初めて見たときのアンタはそんな事言う弱虫じゃあ無かったんだがなあ…。」
「ハッ!何とでも言いやがれ…!俺はお前らを魔の島へ向かわせる気は毛頭ねえ…!!どうしてもってんなら…」
「力ずくで…だろ?」
「そういう事だぁっ!!」
 カンダタが叫ぶと同時に、セレスとカンダタは互いの得物を手に一気に駆け出した。

ガァアアアアアアンッ!!!

 セレスの持つ巨大な両刃の剣とカンダタの持つ不気味な趣向の斧がぶつかり合って凄まじい金属音を辺りに響かせた。
「どおらあああっ!!」

ガキィッ!!

「ぬおおおおおっ!?」
 カンダタの力任せの押しによって、剣諸共セレスは後ろに押し返された。
「この野郎っ!!!」

シュゴオオオオオオッ!!

 すかさずセレスは手にした剣…雷神の剣に込められた魔力を解き放った。凄まじいまでの炎がカンダタへと向かう…!!

シュバアッ!!

「っ!?」
「ス…スカラっ!!」
「うおらぁっ!!」
 鬼気迫る斧の頭に寄る突きは、スカラの結界をも突き破り、セレスの鳩尾へと突き刺さった。
「ガハッ…!!」
 凄まじいまでの衝撃が全身に走るのを感じながら、セレスは後ろへと吹き飛ばされた。
「く…!メラゾーマ!!」
 最早自分も補助に徹している訳には行かない。そう思ったニルは手にした箒を振り翳し、呪文を唱えた。
「あらよっと!!」
 その攻撃に対して、カンダタは自慢の斧を空高く投げ上げた。回転しながら斧は巨大な火球へと吸い込まれていく…!!

シュババババババッ!!

 そして次の瞬間、火球は内側から切り裂かれてその余波が炎の波動となってあちこちに降り注いだ。
「……!!」
「余所見してる暇あるかぁ!!」
 ニルは空に気を取られてカンダタが間合いを詰めてくる事に気付かなかった。

ギイイイインッ!!

 とその時、カンダタの拳をセレスの緑色の盾…オーガシールドが受け止めた。
「大丈夫かニルさん…!」
「…え…ええ…!でも…強い…!!」
 持ちえる技の数々だけではない…、言うなれば全てを賭して繰り出してくる魂の一撃、それが今のカンダタの強さを支えているのだろう…。
「オラオラどうしたぁっ!?ンなところでてこずってるようじゃ、あいつには勝てねえぞ!!」
「…あ…あいつ…?」
 カンダタの言葉にセレスは一瞬動きが止まった。しかし、それが命取りになったのか、カンダタの拳が彼の脇腹にクリーンヒットした。
「グハッ…!!」
 カンダタは間髪入れずにセレスの腕を掴み、力任せに振り回した。
「くっ…!」
 この状態で攻撃呪文を唱えたらセレスまで巻き添えを食ってしまう…!
「らぁっ!!」

ドゴオオオオオッ!!!

「…ぁ…ッ!!」
 セレスはジャイアントスイングからの叩き付けで地面にめり込み、一瞬息が詰まった。その衝撃で手にしていた雷神の剣はそこから離れ…海辺に突き刺さった。
「終わりだぁ!!」
「…セレス!!」
 カンダタの拳がセレスの鳩尾へと迫る…!
―なめるなぁーっ!!!!
「ライデイーン!!!」
 武器なしの右手がしっかりと握られ、カンダタの拳と合わさった。雷鳴が繰り出された拳撃の力を増し、両者はその体制のまま拮抗した。
「「ォオオオオオオオオオオッ!!!」」
「ヒャダルコ!」
「ちぃっ!!」
 カンダタはニルの呪文攻撃から咄嗟に身をかわし、熱を帯びた自分の得物を手に取った。
「ゲフッ…!!あんのやろお…!!」
 セレスもまたすぐに雷神の剣を取り、右手でしっかりと握り締めた。
「…ハッ…やるじゃねえか…。」
 斧を構えたまま、カンダタは二人にそう告げた。
「……出来りゃんな形で戦いたかぁ無かったんだがよ…。」
「死んでもそいつはゴメンだ…。」
 セレスは嫌そうな顔でそう呟くと、雷神の剣を一閃した。

シュゴオオオオオオオッ!!

「ベギラゴンっ!!」
 同時にニルも灼熱の呪文ベギラゴンをその攻撃に添えた。地を走る二つの灼熱の波動…カンダタはそれを見ても動じる事無く斧を下ろした。
「っしゃああああああ!!!」
 気合一声…同時に空気を裂く一撃が放たれて炎の波動を真っ二つに切り裂いた。
「…!?」
「そんな…!!」
 自分達の攻撃が破られたのを見て、セレスとニルの手から力が抜けていった。同時に見えざる刃が二人の体をズタズタに引き裂いた。
「……ようやく大人しくなったか…。安心しろ、死なせやしない。…リムルダールにでも帰って頭を冷やすんだな…。」
 自分が放った一撃の副産物の真空波でボロボロとなった二人を見て、カンダタは先程まで纏った殺気を消し、二人に掌を翳した。
「ベホイミ!」
 二人に癒しの光が降り注ぎ、出血は止まった。
「う…うう…!!」
「…もう良いだろ?……魔王に挑むなんざ何時だって出来るじゃねえか…!虹のしずくだってまだ探せば見つかるかもしんねえだろ?」
「……だ…」
「…あ?」
 掠れた声で何かを語るセレスだが…それが聞き取れず、カンダタは怪訝な顔で彼を見た。
「……ちゃん…もう時間がねえんだ…。だったら今しかねえんだ…!」
 よろよろとなりながらも立ち上がってくるセレスに、カンダタは一瞬たじろいだ…!
「何時だって出来る…?…ざけんな…!探せば見つかる…?冗談じゃねえ…!んな悠長な事やってられっかよ…ッ!!!」
 セレスの持つ雷神の剣に光が宿った。
「…だからって…!テメェの命を捨てていいって事にはならねえだろうがぁああああっ!!!!!」

ギィイイイイイイイン!!!

 最初の一閃と同様に、セレスとカンダタは互いの得物を全力で交えた。
「「らあああああああああっ!!!!」」
 極限まで高められた筋力でカンダタは一気にセレスを地面へと叩きつけた。しかし、それでも攻撃の勢いは止まない…。追い詰められているにも関わらず…セレスの目からはまだ闘気が衰える様子が見えない…!!
「…こいつ…っ!!」
 勝っているはずのカンダタに焦りが出てきた。
「…バイキルト!!」
「何!?」
 ほぼ拮抗していた勢いに外力が加わって、セレスに力がみなぎった。

ガァンッ!ズバアアアアアッ!!

「うがああああああっ!!!」
 得物を弾かれて、雷神の剣で身を切り裂かれカンダタは悲鳴をあげた。
「…ぐ……!ニル嬢ちゃん…。あんたもか…!あんたも立ち上がるか…!」
 息を荒げながら、カンダタは膝を屈した。今の一撃が決定打となり、もうカンダタに闘う力は残されていない。
「……あの子を助けられるのは私達だけですから……。」
「!」
 今にも倒れそうな顔色のニルの様子と言葉に、カンダタは絶句した。
「…そうだ、本当の意味であの子を救えるのは俺達だけだ…!それに時間も無いって言っただろうが…!」
 セレスは彼女の言葉に同意するかの様に、力強く言い放った。その後暫く沈黙に包まれていたが…
「………くくく…ハーハッハッハッハッハッ!!!」
「「!?」」
 突然カンダタが哄笑し始めたのを見て、二人は肩を竦めた。
「とんだ茶番を演じていたようだな俺は…!!何が死なせたくねえだ…!何が何時でも挑めるだ…!何が無謀だ…!んなモン…お前さん達の大切なモンとやらには量る価値もねえ瑣末事に過ぎねえだろうに!!」
「…おっさん…。」
「……行くんなら好きにしな!!だが…俺個人として…死ぬのは許さねぇからな…!!勝手に命投げ出す様な真似しやがったら地獄の果てまで追っかけて根性叩きなおしてやっからな…!!」
「カンダタさん…。」
 カンダタの言葉を胸に、セレスとニルは目の前の激流に目を向けて一歩一歩歩いていった。
「…行くぜ…ニルさん。」 
「…ええ。」
 ニルは箒を浮かせて、それに腰掛けつつセレスを促した。
―待ってろよ…!…ちゃん!
―……きっと大魔王を倒してみせるから…それまで頑張って…!苦しいのは私達だけじゃない…!!
―…何があってもぜってぇ生きてろよ…!!
 三人の思いを他所に、時の歯車は回り始める…!!

作者:ヒジリさん 「勘違いとすれ違い」より

勇魔同盟イベントの作品として書いておりました。

レベルが高いバトル物が何となく書きたかったのもあってこんな形に…。