魔法の剣

「…ふん、あのヤロウ…ファーラちゃんに手ぇ出しやがったらタダじゃおかねえからな。」
 がっちりとした体躯を持つ、黒髪の青年は石造りの門を眺めてそう呟いた。
「あ…セレス。どうしたの…?こんな所で…。」
「おう、ニルさん。…ああ、イヤ…何だ、ファーラちゃんが賢者の試練に行くと思うと居ても立ってもいられなくてな…。しかもお供はルースのヤツだけって何だよ…。俺じゃ駄目かってんだ…。」
 彼が先程から門の前でうろうろしているのを見て…ニルは彼の気持ちを感じて少し複雑な気分になった。
「…そうだけど、セレスがファーラに付いていたら…何年かかるか分からないし…だってあの賢者の修行なんでしょ?それに…ルースの事だけど、あの子…盗賊の持つ本質的な力に目覚めたみたいだから…私達より適任なのよね…。」
「そうなんだよなぁ…。悔しいけどルースにや何度も助けられてんだよな…。しかも仮にも俺は勇者とか呼ばれて…、ちっきしょー…。俺も自由に生きてぇもんだぜ…。」
 世界を巡り…旅をするうちにファーラが元々持っていた資質がようやく開花し…賢者を名乗るための修行を許されたのを機に、一行はダーマへと戻った。
「また一ヶ月後に来いって…それでも終わってんのか分かんねぇんだろ?だがまぁ…その間、俺達は何するよ?」
「そうね…。ネクロゴンドの下見に行くのはどう?」
「あ?…そういやあそこ、噴火だかで湖だかが半分潰れたって話だったっけか?」
 最後にあの火山に寄った時…大きく開いた火口と魔物が棲みついている湖に阻まれて先に進むのは困難であった。
「…うん。だったらそこから渡れるかもしれない…。二人だけだから油断はできないけど…ルーラなら二人とも使えるから多分大丈夫だと思う。」
「成る程な。さっすがニルさんだぜ。…まぁこの前のような事にならねえ様、俺もしっかりしなきゃな。」
「大丈夫よ。セレス…あの時とは比べられない位あなたも成長しているから。」
「おいおい、褒めても何も出て来ねぇぜ。」
 セレスはニルのお世辞とも取れる言葉にニカッと笑って見せた。実は結構嬉しかった様だ。
「ふふ、じゃあ早速準備しましょうか?さっき行商人さんから120ゴールドで薬草を10個買ったんだけど…」
「ん?ちょっと高くねえか?」
 薬草の妥当な相場は一つ8ゴールドである。この計算だと五割増しと言う事になる。一つあたり普通より4ゴールド儲かると言う事だろうか。
「うん。でも、少しはそれなりの工夫がなされているみたいだからそれで良いと思って買っちゃった。」
「…ああ、成る程な。まぁあんたの事だ。俺はとやかく言わねぇさ。」
「ありがとう。はい、あなたの分よ。」
 ニルはセレスに何枚かの薬草を手渡した。
「サンキュな。…たく、俺ももっとまともに呪文が使えるようになりてえぜ…。」
「……うん。」
「…ダンナぁ!付きましたぜ!」
「おうよ!」
 海の荒くれ者の声を聞き、セレスは船室から出てきた。
「んじゃああたいらは此処に待機してっから危なくなったらルーラで戻ってきな。」
「ありがとうございます。」
「んじゃアネゴ、行って来るッス。」
 下で待機している小船に縄梯子で移り、セレス達は陸地に上陸した。
「…さて、この地図通りなら…この山を抜けたところにでっかい湖があったな。」
「うん。」
 上陸から一日…敵と遭遇する事無く、セレス達はネクロゴンドの探索を順調に進めていた。
「今は大体この辺だわな。そこに付くのに…軽くもう一日位かかりそうだな。」
「そうね…。」
 魔法陣の中心で燃える火球で焼いた小動物の肉を挿した串を手に、二人は隣り合って座っていた。
「しかし…一体何があったんだ?突然火山が噴火するなんざ…そりゃあいつ起こっても不思議じゃねえだろうがな…。」
「"ここまでツイていると逆に気味が悪い"って事?」
「おお、そうそう。それだよ。まぁそこでビビってもしょうがねえけどよ。…ニルさんがああ言わなかったらそうなってたかもな。」
「え…?私…?」
 セレスの言葉の意に憶えが無く、ニルは思わず彼の方を向いた。
「…ああ、ネクロゴンドを探索しようって言ったのはあんただ。普通のヤツだったらんな事恐ろしくて口にも出来ねえだろうけどよく言ってくれたぜ。」
「え…そ…そんな…」
「けどよ、あんたも無理すんじゃねえぞ。危なくなったら俺が時間稼いでやっからいつでもルーラしても良いんだぜ。…んなバカで単純な男に今までも良くしてくれてありがとよ…。」
「…!!」
 彼の真っ直ぐな言葉に、ニルに何とも言いがたい感覚が走った…!
―セレス……。
『メラミ』
「ざけんなゴラァ!!」
 飛んでくる大きな火球を手にした武器…腕を覆う手甲のような武器、ドラゴンキラーで真っ二つに切り裂いた。
「らぁっ!!」
 火球を放った緑色の子悪魔…ミニデーモンはその身を自ら放った炎を纏ったセレスの刃で切り裂かれて燃え尽きた。
「後ろ!」
「!」
 ニルに呼びかけられて素早く身構えると、新手の同種の魔物がフォークの様な武器を突き出してくるのが見えた。
ガシッ!!
『…ナニッ!?』
「見え見えだよ、んなナマクラな攻撃なんざ…!」
 しかし、セレスは穂先を素手で握って武器ごと魔物の動きを封じた。
バキィッ!!
『!!』
 そして…力任せにその武器を強く握り締めて砕いた。
「まとめてぶっ飛ばしてやらぁ!!」
 叫び、セレスは右手に持ったドラゴンキラーを高く掲げた。そして左手を魔物の群れに翳した。
「ベギラマぁあああっ!!!」
しゅごおおおおおおおおおっ!!!
「ぎゃあああああっ!!あぢぃぃいいいいいいいいいっ!!!」
 しかし、燃え上がったのは魔物ではなく…セレスの右腕だった。
『『『!!?』』』
「でやああああああああっ!!!」
ボジュゥウウウウウッ!!
 彼は炎を纏った右腕のドラゴンキラーで力任せにミニデーモンの群れへと躍りかかった。斬りつけられた魔物は…一瞬にして灰燼と帰して…跡形も無く虚空へと消えた。
「……あちちち…ちっきしょう…また失敗しちまったぜ…。何でマトモに発動しねぇんだよ…。」
「セレス…。」
「くっそぉ…ダーマじゃあ一回成功したのによ…。」
 所々に火傷を負い…セレスは大半が消し炭と化した袖をめくって傷の処置を施していた。
「ホイミ…!」
 彼が使える精一杯の回復呪文を…自らの右手に向けて唱えた。
「ちっ…やっぱこいつも上手くいきやしねぇ…。」
「…待って、じゃあ私が…。」
 ニルは荷物袋から薬草と幾つかの道具を取り出して何かを始めた。
「…ああ、悪いな。調合の手間かけちまってな…」
「気にしないで。……それじゃあ腕を出して。」
 痛々しくも…鍛え上げられた右腕を差し出され、ニルはその腕に調合した薬草を塗り始めた。
「あつつ……」
「…あ、こっちにも…。セレス、上脱いでもらって良い?」
「あ?」
 怪訝な顔をしつつ、セレスは旅装束の上を脱いだ。背中に微かに傷がある…。
「…!てて…!!…んなトコもやられてたのか…!」
「わ…これ、もっと深かったら危なかったわ……。」
「げ…、マジかよ…。」
 その後、ニルによって傷の処置を全て終えたのは程なくの事であったが、彼女にとっては少し長く感じられた…。
―…あちこち傷だらけ…。今までも動けなくなるくらいの怪我してきたものね…。
「…何だ…?このでっけえ門は…。」
「遺跡……?」
 翌日の昼頃に行き着いた先は、聳え立つ山の麓で…自分たちを迎え入れるかの様にぽっかりと空いた巨大な洞穴への入り口であった。
「…この先に魔王バラモスがいるってのか…?」
「……だとしたら…ううん、それならもっと魔物の気配が多くなるはず…。」
「いずれにせよ…でっかい湖にたどり着くためにはここを通るしかなさそうだぜ…。」
「そうだね…。」
 地図を覗くと、自分たちの位置を示す魔法の羽ペンが…山を隔てて…湖と目と鼻の先を指し示している。
「…じゃあ行くか?ニルさん。」
「うん…。でも…危なくなったら引き返そうね。」
 セレス達は意を決して遺跡の門の中へと入って行った。
『…ククク…愚かな。』
 セレス達が遺跡へ入ってから数時間後…門の前に人影が現れた。
『この道は入り口は広いが出口は狭いのだ。…そして…』
 その者は何かを口ずさんだ…。
ゴゴゴゴゴゴゴ……ゴォン……
『後戻りは出来ぬ…。貴様らは此処に骨を埋める事になるのだ。』
 遺跡の入り口は完全に閉ざされ…山の一部と化した。

作者:ヒジリさん 「勘違いとすれ違い」より

勇魔同盟イベントの作品…テーマ”薬草の使い合い”…。

ありゃ…使い合いにはなってないか…。実プレイではMP不足で結構使い合ってましたが…。

タイトルは…呪文が失敗したらああなるかと…。知る人ぞ知る…あのネタだと言う事はナイショ…。